テントウ虫の会

ナメコ採り(H25.11.23(土))番外編

テントウ虫の会のメンバーに下記のメールが流れてきました。

>> ナメコ取りの詳細

>> 行き先:今回は佐々里峠に駐車し、大段谷山(795m)方面に歩いてみたいと思います。

>> 第1集合場所:出町柳河合橋東詰め北側、8時。第2集合場所:松ヶ崎橋東詰め北側、

>> 8時10分。岩倉、二軒茶屋、鞍馬、別所、大布施を通り、広河原から佐々里峠へ向かい

>> ます。途中、市原でコンビニに立ち寄る予定です。トイレ休憩が必要な場合は、花脊

>> の交流の森(八桝)に立ち寄ります。鎌と竿・縄を準備できる方はお願いします。

>> ナメコ汁を作ろうというご意見もありますので、その準備が出来る方は、御協力を御

>> 願いします。装備(服装)は、通常の登山スタイルでお願いします。寒くなりますので、

ダウンなど防寒対策をして下さい。帰りの入浴は無しの予定です。また、雨天の場合

 >> は中止します。前日19時頃の天気予報により判断し、メールで連絡します。

  これに答えた仲間は市、位田、江嵜、中岡、永根、中山、松吉、三輪の8名。

 

 

 私は、中岡君が家に午前7時45分頃迎えに来てくれました。松ヶ崎橋東詰で市、中岡君提供の

2台の車に分乗して現地に向かいました。

 午前8時30分

         途中のコンビニでトイレ休憩とお昼の弁当を購入

 

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午前9時25分

      お布施の向うにある交流の森(八)にて小休憩、ここは紅葉が進んでいました。

 
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午前10時 佐々里峠に到着し、それぞれ準備した装備、道具(長い棒、高ばさみ、縄など)を持って 探しに出かけました。

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 さる場所でナメコ発見。仲間は興奮状態で早速採取にかかりました。

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 周辺の山々を巡り、皆な童心に帰ってナメコ採りに熱中しました。

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 午後一時頃

  採集を終えた我々はお昼の料理をする場所を求めて、移動

広川原の火祭り松あげが行われる近くの広場にて昼食の用意をしました。

 今日はこの日採集したナメコを使ってみそ汁を作りました。

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川原に降りて、ナメコを洗います。

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 中岡君が用意してくれた七輪に火をおこし、湯を沸かしました。これに

川原で洗ったナメコを入れます。

 いろんな材料(大根、葱、人参、こんにゃく、おあげ、ゆずなど)を持ち寄って

作ったナメコ汁はうまくできました。

  また、ナメコ汁が出来上がるまでの間に ナメコにさっと沸騰した湯を通し、持参した大根オロシにポン酢をかけて食べました、大変美味で何度もお代わりをしました。

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 いろんな具をいれて食べたナメコ汁は最高の味でこれも何回もお代わりしました。

満腹した後は、今日の戦果を新聞紙に広げて品定め

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八等分してナメコを分け阿弥陀くじで自分の取り分を決めました。

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 午後3時35分、現地を出発し、途中再び交流の森で小休憩。

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 午後4時過ぎに2台の車に分乗して家路に着きました。11月も下旬になると、

午後5時を回る頃になると日没となり、家に着いたときにはもう真っ暗。

私を送ってくれた中岡君はこのあとも車を運転して大分遅くなったことでしょう。

 文責 三輪

 

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テントウ虫の会三岳山(839,2m)登山(H25.9.21)

3711会テントウ虫の会のメンバーに下記のようなメールが来ました。

3711テントウムシの会各位 8月の24日(土)は天候事情のため前日の夜に急に中止して申し訳ありませんでした 色々とご迷惑をおかけしたことと思いますが悪しからずお許しのほどを 今回は9月21日(土)に再度挑戦したく福知山市の最高峰「三岳山(839.2m)」別名(丹波山上・御嶽山・見立て山)とも言われている丹波の名峰を目指します 集合場所・時間:烏丸五条西南角7時30分 国道イモ峠コンビニ駐車場(ガソリンスタンド向かい側)7時45分頃沓掛IC.=丹波IC.=R9(福知山)=(野花・川口中学)を右折R426=(一ノ宮で右折)・(戸倉)・(喜多)=左折 三岳青少年山の家P.〜(しばらく急な登り)五丁の地蔵尊〜九丁の地蔵尊(534m)〜(一七丁の地蔵尊)〜大きな銀杏の木・三岳神社〜反射板、五輪の塔、三岳山三角点(839.2m)山頂展望は好い、〜元の道を戻る〜P.=京都市内へ 途中でお風呂?食事 地形図;1/25000「三岳山」 持物;雨具、帽子、有ればサングラス、スパッツ、ストック、手袋、手拭、飲み物少し多い目に、弁当、お風呂の用意 参加不参加の連絡は9月17日(火)迄にお願い致します また車を出せる方は合わせてご連絡をよろしくお願い致します 

 中岡保弼

 当日21日に参加したのは次の方々

  市、位田、江嵜、中岡、中山、増戸、松吉、松澤、水澤、三輪の10名の方々。

 午前7時に市君が車で家に迎えに来てくれました。すでに位田、中山君が同乗していました。第1集合場所の烏丸五条へ行くと、中岡君が松吉、松澤、水澤の3名を乗せで車できました。

 午前7時25分、直ちに第2集合場所の国道イモ峠コンビニ駐車場(ガソリンスタンド向かい側)に向かいました。

 午前7時45分、ここで江嵜、増戸の両名と落ち合い、本日参加の10名が揃いました。

 午前8時、小休憩の後、国道9号線を西進し、予定通り沓掛IC.=丹波IC.丹波町の山形屋でトイレ休憩したのち、国道9号線を通り、福知山市へ郊外にある里の駅(三岳)に到着、ここで最後のトイレ休憩、食料品を調達したあと三岳山登山口に向かいました。午前10時過ぎに到着。

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「案内板によると、

 三岳山は海抜839m、福知山市の最高峰です。市街から遠望できる三岳山は堂々としていて、かつて「丹波山上」と呼ばれていたのがうなずけます。

 三岳山の名の由来については、源頼光が鬼退治のときこの山から大江山を見立てたという説がありますが、信仰の山御嶽山から来ているものと思われます。

 山頂近くの三岳神社は、古くは蔵王権現社といい、大化年間(7世紀ごろ)に修験の開祖。役小角がここに登って参籠したとき蔵王権現が現れたので、蔵王堂を建てたのが始まりと言われています。

 三岳山は、平安時代から鎌倉時代にかけて北近畿屈指の修験道場であったと思われます。その遺跡は、行者神社をはじめ、実に多くの名残をとどめており、この三岳神社の別当寺であった喜多の金光寺や下佐々木の威光寺などが、当時の密教信仰の拠点となり当地域の信仰の中心として栄えていたものと思われます。「丹波志」には「本社より上女人結界」とあります。

 登山道は、喜多の金光寺から登るコースと国道426号の仏坂口から野際まで車で入り、七王子神社から登るコースがあります。

 三岳山は、美しく植林されていますが、ところどころに、かつて原生林であったことがしのばれる植生が見られます。山頂には、関西電力の反射板が立ち、三角点横の古い五輪塔との対照がなんとも印象的です。

 午前10時18分、登山道から登り始めました。

三岳山山頂までは2.2kmとのこと

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いきなり木馬の階段を直登、

午前10時21分      午前10時27分     

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午前10時40分     午前11時13分

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午前11時27分大木発見

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 午前11時27分 林道1.6kmの地点で三岳神社に到達

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少し先に赤い屋根の三岳神社見えています。石の鳥居をくぐり神社の境内に

ここから神社の右手裏側に回り、あと0.6kmの三岳山(839.2m)の山頂を

めざす。

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午後0時5分 尾根に沿ってどんどん登っていくとまもなく山頂に到達しました。

山頂(839.2m)には三等三角点がありました。

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 山頂には関西電力の反射板

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 山頂で我々は昼食を摂ることにしました。

食後はデザートのぶどうが出てきました。

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 その後例によって中岡コーヒー店の開店

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市君のケーキ

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またここは蝶が沢山舞っていました。

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 午後1時42分、三岳山山頂での全員写真

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 下山開始

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午後2時51分、下山途中で休憩

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午後3時14分駐車場まで下山

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 このあと登山前に立ち寄った里の駅三岳に再び寄りました。

ここで入浴券をゲットこの日出した汗を流しに三和町の温泉へ車で移動

 午後4時30分に到着ここでは入浴後、夕食を摂ることにしました。

 午後5時30分から午後6時40分まで夕食をとりながらくつろいだ時間を

過ごしました。

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本日の決算報告を受けて、家路に着きました。

家には午後8時30分、車の運転をしていただいた中岡、市両氏に感謝、感謝

 文責 三輪

 

 

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天童山775m(H25.7.20)

7月の3711テントウ虫の会は天童山775mに登りました。

例によりメンバーに下記のメールが流れました。

3711テントウムシの会メンバー各位  今回も連絡が遅くなりすみません 7月20日(土)は城丹国境に在る天童山(775m)に そして時間・体力・天候が良ければ「飯森山(791m)」を往復90分プラスも有りと云うこと で集合時間・場所は京阪出町柳の河合橋西詰8時30分出発~福王子(R162)~周山右折(R477)~山国バス停付近を右折~中江の東林寺周辺P.=<直登コース(コンクリートの祠から林道を登り山道に入る)けい石採石場跡付近から急登、ガレ場を登る>か 又は 右の山道を=竜ガ坂=鳴の堂 二石仏=林道を40m下り=左の山道に下り気味のトラバース道=鳴の堂跡を過ぎ=谷を3回ほど渡り=茶呑峠に(地蔵菩薩立像の祠)=急騰を登り稜線に抜け=一旦下ってヒノキ林の中を登る=天童山(775m)山頂 展望不可= (=城丹国境尾根縦走コース ここから下り=次の峯に関電の反射板=下ると鞍部右にヒノキ林=短い急登=飯森山山頂791m=元の道を戻る が本来は大谷峠から祖父谷峠を経て岩屋橋への縦走コースです) =元のコースを戻る=P.~京都市内へ お風呂の用意、食事するかも 地形図;1/25000「上弓削・周山」 持物;飲み物、弁当、ストック、スパッツ、ヘッドランプ、帽子、サングラス、雨具、手拭、ザックカバー、長袖シャツ、手袋  参加不参加のお返事は16日(火)までに 又当日車が出せる方は合せて連絡をお願い致します 中岡保弼

 追って 熱中症が心配されます 当日はこまめに少量の水分補給をしてください 一気に多く飲んでも体に吸収されないそうです(水分補給の量は?因みにこのような算式があるそうです 体重×登山時間×5ml 是で体重50kgの人の場合 今回往復5時間とすると 50kg×5h×5ml=1.25リットルの飲料を必要とします 又簡単なスポーツドリンクの作り方は 2リットルのペットボトルに水を同量入れて 塩を小さじ半分 砂糖を小さじ4杯 是を撹拌すれば 同様の効果があるそうです 但し、糖尿の症状がある方にはお勧めできませんのでご注意ください) 特報 位田氏より団体消耗装備品として「ヒル下がりのジョニー」を準備しますとの相 連がありましたので 準備をしていただきます 三好さん1、2~300円の出金をお願い致します 参加者全員の2回分くらい使えそうです 用途は蛭避けです 

これに答えたメンバーは次の通り

 市、位田、中岡、永根、増戸、水沢、三好、三輪の8名。

 市、中岡両氏提供の2台の車に分乗し、集合場所の河合橋西詰めを8時45分過ぎに出発しました。今出川を西進、御室を抜け福王子から高雄経由で周山に午前9時40分頃到着。

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午前10時頃 中江の林道入り口付近に車を止め、出発準備

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 この時期は山蛭が多く出るとことで全員足回りに「ヒル下がりのジョニー」散布。

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午前10時15分、装備を整えた我々は林道に入りました。

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ここは京都一周トレイルの京北地区コース

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 林道沿いに賀茂神社があり参拝しました。

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午前10時42分 コンクリートや砂利道の林道を抜け、堰堤から出てくる水路を渡るとここから本格的な山道に入ります。

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 林道に山蛭を発見。

 

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 緑色の鮮やかなカエル発見

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 午前11時28分 鳴野堂の二石仏に到着しました。ここで小休止。

昔はここに茶店があったそうです。

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ここから我々は茶呑峠を目指します。

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 薄暗い高低差のない林道巻き道を茶呑峠へ

 午前11時40分     午前11時46分

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 午前11時59分視界が開けてきました。

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谷を渡る

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午後0時14分前方に茶呑峠の御堂が見えてきました。

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 午後0時15分茶呑峠に到着 ここで昼食をとることにしました。

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 峠にそれぞれシートを敷き昼食の準備

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 水沢君がハモ寿司を作ってきてくれたのでお相伴

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 トマトも丸かじり

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 午後0時47分 お腹一杯になった我々は茶呑峠(500m)から天童山775mに直登します。凄い坂です。

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 途中大きなきのこを発見

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 午後1時25分、 天童山山頂まではもう少しですが、コーヒータイムにすることにしました。

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 吉野葛餅が出てきました。

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 コーヒーもできて暫し談笑

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 午後1時55分再び天童山山頂を目指す。

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 山頂手前にくると視界良好となりました。

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目指す天童山がかなたに見えています。

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  ハングフライト基地から飛び出したハングライダーが悠然と飛行しています。

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午後2時10分

 京北 D3          京北 D-1

 

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 京北 D4

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午後2時25分 天童山山頂に到達

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 全員で記念写真 山頂は眺望が悪くしばらく滞在した後下山開始

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 午後3時18分 TV電波の中継基地で小休止

 

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何やら足元に砂のすり鉢を発見 蟻地獄 子供のころ遊んだ記憶。

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 午後3時45分ハングフライト基地に到着

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ここからの眺めは素晴らしい

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午後4時3分 ハングフライト基地を後にした我々は林道下り、元来た道へ

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午後4時40分 一角獣の頭部みたい
 

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 午後4時48分 ゲートへ戻ってきました。

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午後6時過ぎに日吉ダムそばの温泉で汗を流し、

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午後7時

隣接のレストランで夕食のバイキング料理を食べながら談笑。

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 午後8時過ぎに日吉を出発家路に着きました。

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 家には午後9時を回っていました。運転された市、中岡両氏に感謝。

 文責 三輪

 

 

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長老ヶ岳(916.9m)(H25.06.15)

平成25年6月のテントウ虫の会例会

 

 

例によって仲間にメールが来ました。

 

 私は当日まつたけ復活させ隊の例会あってそちらに行く必要がありましたのでこの会は不参加となりました。

3711テントウ虫の会メンバー各位 連絡が遅くなりましたが 6月15日(土)は丹波高地のほぼ中央部に位置しており盟主と親しまれている「長老ガ岳」916.9m(一等三角点)に行きます 集合場所時間は①烏丸五条南西角 8時 =②国道イモ峠コンビニ駐車場(Gスタンド向かい) 8時15分=沓掛(より高速京都縦貫道)丹波IC.=R27(11K)=市場方面に府道12号(篠原~下乙見)=仏主(ほどす)バス停=(近畿自然歩道の標識で右折上和知川の橋を渡り山頂への案内版)登り口P.~(車道を登る)森林公園「トイレあり」管理棟の裏側に山道~展望台~675m東屋~動物よけのネット二度通過し車道に出る~そこから右手の道を登る~長老ガ岳山頂(916.9m一等三角点)弥仙山、大江山、若丹国境等の山々360°の見晴らしがよい「昭和63年の京都国体の(長老の火)採火した台座、休憩所あり」~下山は車道(近畿自然歩道)を下る~途中の東屋で仏舎利塔(霊山であることを示す)の記念碑~登り口P.~七色の木(樹高約18m幹の徑7mを超すカツラの木でそこに杉、ケヤキ、モミジ、カヤ、カエデ、フジの6種類が生育しており名前の由来となった樹齢80~90年)を見物~帰路 地形図:1/25000「和知」 持物:当日は雨が予想されますので雨具、帽子、スパッツ、ストック、飲み物、弁当、手袋、手拭、お風呂の用意 なお、参加不参加のお返事は12日(水)迄にお願い致します また、車を出せる方は合わせて連絡をお願い致します  中岡

 

 当日の様子について、仲間から写真が送られてきましたので載せます。

雨模様です。

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 長老ヶ岳(916.9m)山頂の三角点に到達

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東屋を見つけました。ハーモニカ吹奏でくつろぐ仲間

 

誕生日を祝って頂き 本当に有難うございました。

途中から雨に降られたものの 一等三角点の山頂に登頂することができました。

ヤクルトでの乾杯 鮎寿司 メロン 焼き芋 お菓子 それに バースデイケーキ

(帰って女房と戴きました)コーヒータイムの ケーキなど 食べきれないほど戴きました。

帰りには雑魚山椒の土産まで頂き 感謝。

これからも元気で 一緒に山歩きしましょう。

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仏主(ほどす)の森林公園でおろしてもらったのでとても楽に

久しぶり、林の緑の雨の中を歩いて聖火台のある頂上へ

その日の長老ヶ岳からの眺めは空想の世界南はるか京が、北は若狭湾?

お昼は10人が丁度入れるお座敷?で山中のそこの新しい丸太の天井には

大きな蜂の巣を取り除いた跡がはりついていましたが・・・

でもまず、季節の鮎すしが供され各自持参の弁当も食べ、、

食後は食べたことのない程甘い夕張メロン、

パウンドの配合絶妙なケーキとコーヒ

疲れのとれる焼きもちまでいただきました。

それからテンポットのハーモニカで

中山くんと江崎さんの誕生日を祝い時代に合った風流さを満喫しました!。

早くに小雨の山を降り、青年の家が閉鎖されていたので

日吉ダムの近くのスプリング日吉で温泉に入り汗を取り夕食を取りました。

二日後の今朝も足は突っ張っていません。ストレッチをしておいたせいかな?

今、快適に、山でいただいたふかしたお芋とトラジャブレンドのコーヒを飲んで

昨昨日のことを思い出しています。

あまりにもおいしいものばかりなので、メールしました。

みなさま、楽しい一日をありがとう。

みよっさ~ん、誘ってくれてありがとう!

自動車運転ありがとう!

 私は今回参加できなかったので雰囲気がよくわかりませんでしたが、仲間のメールでの感想を読ませていただき、一緒に行った気分になりました。

 文責 三輪

 

 

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釣瓶岳1098m登山(H25.4.20(土))

例によって中岡君から下記のメールがテントウ虫の会のメンバーに届きました。

3711テントウムシの会メンバー各位

20日(土)は比良山系北稜の最高峰 釣瓶(ツルベ)岳1098m(三角点なし)に登ります 集合場所・時間は出町柳河合橋東詰北側時 松ヶ崎橋東詰北側に10分頃~ (八瀬を経由R367若狭路)~朽木村栃生(とちゅう)P.=バス停から少し北へ左手の(地蔵峠への道標)坂道を登る(カーブから民家の前を通り)=登山道に入る(水槽横から左手に入ると石碑が目印)=ヒノキ林を何回も曲がりながら行くと大きな松がある=さらに松と雑木林の中を登り=地蔵峠とササ峠の別れ=を右手に登る=尾根上に出る=新道との出会いを右に=コメカイ道出会い(ササ峠分岐)を右の新道急坂を稜線まで登る=北稜(縦走路)出合を右に=最初のピークを超え=釣瓶山頂(1098m三角点は無い)がここは大津、志賀、高島、朽木の行政区が交わる山頂=往路を戻る北稜出会いを左手に=コメカイ道の出会いへ=新道の出会いに=往路を下山する=栃生P.~朽木温泉へ~入浴・食後京都に戻る 地形図:1/25000「北小松」  持物:飲み物、弁当、防寒具、雨具、帽子、手拭、ウインドヤッケ、ストック、ヘッドランプ、スパッツ、お風呂の用意 参加不参加の連絡は17日()迄にお願い致します 尚、当日車が出せる方は合わせて連絡をしていただくよう宜しくお願い致します  中岡 追って、冬眠中の方へ世の中はもう 春のようです お目覚めになりましたか

 これに答えた仲間の内、次のメンバーが当日参加しました。

  市、位田、江嵜、中岡、中山、増戸、三輪、児玉、松澤、三好の10名。

 午前8時5分過ぎ 2台(市、中岡両氏)の車に7名が分乗して集合場所の出町柳駅前を出発、途中松ヶ崎橋で3名が合流し全員が揃いました。

 午前8時35分、途中コンビニでトイレ休憩 ここらの桜は満開状態

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午前9時5分 朽木村栃生の柳の木の前にある駐車場に到着、登山準備にかかる。

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 午前9時13分登山準備を終えた我々は国道367号線に出て少し南に戻り、登山口に向かう。ここから林道に沿って登り始めました。

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 午前9時40分、薄暗い杉林(檜林?)の中を通って山道に入りました。

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午前10時栃生の里から離れ、ここからはいよいよジグザグ道の通称コメカイ道を登っていきます。

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 午前10時25分 栃生から1.6km、釣瓶岳まではあと3.2kmの地点

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  午前10時29分 イクワタ峠第1ポイント ここまで数回の小休憩を入れています。

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 午前10時40分 クロモジの花が咲き誇っています。

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  午前11時08分 ササ峠出合(標高732m)に到着しました。

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釣瓶岳1098mまではまだ1時間20分以上かかります。

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  ここまで登ってくると今年3月に登った蛇谷ヶ峰が見えてきました。

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 電波反射板も見えています。

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 とにかく新芽がいっぱい出てきています。

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 午前11時35分、周囲の高い山々も見えるようになりました。

 

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 馬酔木の花も満開

 

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 午前11時45分イクワタ峠北峰に到着しました。琵琶湖方面の視界が広がっています。

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 目指す釣瓶岳1098mが目前に見えていますが、まだ頂上までは約40分ほどかかります。手前の斜面にはまだ残雪が見えています。

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午前11時50分、ちょうどよい時間になりましたので昼食後登ることにしました。

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午後0時18分 食後の散策

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これから登る釣瓶岳1098mをバックにパチリ。

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 下にはガリバー村や遠くには琵琶湖が見えています。

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 林の後ろには食事後の団欒をしている仲間がいます。

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 仲間のいる下には残雪の塊が見えています。

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午後0時23分我々は釣瓶岳山頂を目指して登山開始。

山頂まであと1,1kmです。

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 途中には残雪が見えています。

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 午後0時50分釣瓶岳山頂(1098m)に到達しました。

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次々と他の仲間も山頂に登ってきました。

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全員が揃ったところで

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 午後0時8分下山開始

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 下山の途中残雪でスキーの真似事をして遊んでいる者もいました。

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豆桜

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 午後1時40分、昼食を採ったところまで戻り、ここでコーヒーとケーキのお時間

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午後2時過ぎ、天候も怪しくなってぽつぽつと雨が降り出しましたので、急いで下山することにしました。

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途中ちょっと雨が強くなってきたので雨合羽を装着して下山。

午後3時36分登山口まで下山。

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 この後、駐車場まで戻り、車に分乗して朽木村のてんくう温泉へ向かいました。

 温泉につかり、この日の汗を流した後、夕食タイムで団欒。

午後6時30分すっかり暗くなったてんくう温泉を出て家路に着きました。

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 楽しいひとときを過ごせました。感謝、感謝。

 文責 三輪

追伸

 三好さんから送られてきた写真のかずかずです。

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蛇谷ヶ峰901.7m(H25.3.16)登山

テントウ虫の会メンバーに下記のメールが流れました。

今年は巳年ですので蛇のついた名前の山を登りましょう

3711テントウムシの会メンバー各位  3月16日は今年の干支「巳」に因み 残雪の残る朽木村、「蛇谷ヶ峯」を目指します 集合場所・時間は 出町柳(京阪電車)河合橋東詰北側8時=松ヶ崎橋東北詰8時10分=いきものふれあいセンターP.~蛇谷ガ峰(901.7m)山頂~いきものふれあいセンターP.=(山女魚の里センター)てんくう温泉<入浴:食事>=出町柳:解散  地形図1/25000:「饗庭野;北小松」  持物:未だ冬山なので アイゼン(6本以上)、ロングスパッツ、ストック、(前日迄の天候次第でワカン)、雨具、ザックカバー、ウインドヤッケ、手袋、帽子、手拭、防寒対策、飲み物、弁当、お風呂の用意  参加不参加の連絡は1日(水)までに 尚、車を出せる方はその際合わせて連絡をお願い致します  中岡保弼

 午前7時35分市君が車で迎えに来てくれました。中には位田、中山の両名が同乗、4人で集合場所の出町柳の河合橋北側へ7時40分頃到着。しばらくすると中岡君が江嵜を乗せて車でやってきました。午前8時頃には他の三好、児玉さんも来て本日の参加者が全員揃いました。

 8名が2台の車に分乗してさっそく出発、高野川に沿って北上、松ヶ崎橋通過し、平八茶屋の前を通り、白川通りに出て花園橋から八瀬方面へ途中トイレと昼食を手配する人がいたのでコンビニによりました。

午前8時28分 小休止(コンビニ前)

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午前9時5分 いきものふれあいセンター駐車場に到着

建物の陰には今冬に積もった雪がまだ解けずに残っていました。

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 今日は絶好の登山日和です。これから登る蛇谷ガ峰901.7mははるか向こうに見えています。

 いきものふれあいセンターで登山届を出し、注意事項を聴取

写真中央付近の窪んだところの右には電波反射板が見えており、窪みの左側が蛇谷ヶ峰山頂

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 午前9時33分いきものふれあいセンター前を出発。

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今日の登山コースはカツラ谷コースが荒れているとの情報で

 午前10時、林道を少し歩いたところから左の尾根道にとりつき直登することに。

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 ところどころに残雪が見えるようになってきました。登る途中で後ろ振り返ると下界の景色が目に飛び込んできました。

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午前10時30分小休止ふれあいセンタ―前から1.4kmで丁度真ん中蛇谷ガ峰山頂まであと1.4km

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午前10時50分、一息入れた我々はさらに上を目指して登ります。

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 午前11時ここまでくると雪が急に深くなってきました。ここからアイゼンをもってきているメンバーはつけて登ります。

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 午前11時2分 あと1キロ地点にきました。

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木に猿の腰掛が群生。

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 午前11時38分あと500mまでの地点まできました、

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我々は尚も雪道を登ります。

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午前11時54分山頂まであと200mの地点でここまでくると道標も雪に埋もれています積雪は1m以上はありそうです。

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12時3分、ザックを置いて身軽になり、山頂を目指すことにしました。

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12時8分蛇谷ヶ峰901.7m山頂に到着、360度のパノラマが楽しめました。

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北山、琵琶湖、西山、南方面の山々など、ちょっと黄砂の影響でかすんでいますが・・・

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いきものふれあいセンターから見えていた電波反射板もすぐそこに見えていました。

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12時19分十分に山頂からのパノラマを楽しんだ我々は少し下山して、ザックを置いた箇所まで戻り、昼食場所を求めました。

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12時25分、景色が楽しめる適当な場所を見つけて昼食タイム。

食事をしながら琵琶湖方面の下を見下ろすと赤い小さな屋根が見えたので、写真で確認すると茅葺の屋根に赤いトタンがかけてありました。

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 食事のあとは例によって市君のお手製ケーキと中岡君のコーヒの時間

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 快晴の天気なので山頂の雪も解け始めています。

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午後1時30分、山頂から200mの地点で

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午後1時40分、 雪道を足元を確かめながら慎重に下山

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午後1時56分ようやく雪道もなくなったのでアイゼンを外して小休止、ちょっとくたびれている者も出ているようです。

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午後2時33分やっと中間地点まで下山。

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 ここからコースを変えてカツラの谷を下山することにしました。マンサクの花が満開

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午後3時3分 杉林の中を

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午後3時6分林道から尾根道への分岐点に戻ってきました。

いきものふれあいセンターまではもう少し約15分です

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午後3時45分いきものふれあいセンター駐車場に戻りました。

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このあと天空温泉へ行き汗を流して疲れを癒し、夕食をみんなで採りました。

午後6時まで楽しい時間を過ごしたあと、我々は帰途に着きました。

帰りは午後7時過ぎとなりました。

三好さんが撮った写真の数々です。

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 文責 三輪

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テントウ虫の会2月例会は甘南備山(221m)H25.2.16(土)

市くんから仲間に下記のようなメールがきました。

2月例会は、中岡、位田、市で相談し、以下の様に計画しました。

行き先:甘南備山(京田辺市)雄山221m、雌山201.6m(登山というよりハイキング)

日にち:2月16日(土) 午前10時 近鉄新田辺駅(あれば、西口)集合

コース:新田辺駅(5JR京田辺駅西口(25)一休寺(30)登山道石碑(5)登山口(35

雌山二等三角点(20)雄山(神南備神社が鎮座)(5)展望台(40)登山道石碑(25

一休寺(25)京田辺駅(5)新田辺駅(雄山からの下山の途中にトイレがあります。)

(歩行時間合計3時間40分)タイムは山と渓谷社の『京都府の山』を参考にしました。

持ち物:弁当、飲み物、マイコップ(コーヒー用)、暖かい服装(帽子、手袋)、歩きやすい靴(ウオーキングシューズ等も可)、雨具、レジャーシート、タオル等

水の分担は、参加者を見て、後日依頼します。(4人ぐらいに、各自500ml

備考:帰りの入浴はありませんが、田辺で食事(または喫茶)をするかも知れません。

(田辺で解散)

参加のかたは、何時ものようにお返事下さい。(なるべく13日まで)

JR京田辺駅から参加される方は、その旨お知らせ下さい。

 これに答えたテントウ虫の会のメンバーは次の通り

市、位田、江嵜、岡阪、中岡、中山、増戸、水沢、三輪の9名。

朝起きて外を見ると小雪がちらついており少し積雪もありました。

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京都市内の北部方面組の市、位田、中山、三輪の4名はは京都市地下鉄の北大路駅、鞍馬口駅からそれぞれ乗って近鉄京田辺駅まで行きました。途中の近鉄大久保駅から

江嵜、岡阪、中岡が乗ってきて合流し、京田辺駅で増戸、水沢が合流し、本日の参加者全員が揃いました。

午前10時前に近鉄田辺駅に到着

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 駅前で本日登る甘南備山の資料を市君からもらいました。

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近鉄駅京田辺駅を出発しまず一休寺を目指して歩き始めました。府道八幡木津線を北上しました。

午前10時28分、一休寺へ500mの標識のある交差点から西へ曲がり、一休寺へ

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午前10時40分、この付近の道路脇には薪(たきぎ)能金春芝跡がありました。

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午前10時42分、先に進むと能楽発生の地でもある薪神社がありましたので参拝。

甘南備山登山口をめざします。

Dsc05049 Dsc05050 寒椿が綺麗に咲いていました。

午前10時47分、手原川に沿って上流へ、前方には甘南備山も見えてきました。

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午前10時52分 京奈和自動車道の橋脚の下をくぐる。

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午前11時14分 左 甘南備山登山の標識が道路脇にありました。

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甘南備山道路マップがあちこちに設置されていて歩きやすい。

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竹藪の中に道路が整備されています。

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午前11時55分、2等3角点(201.6m)に到達

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正午、分岐点頂上はもう少し先にありそうです。

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午後0時9分 神奈備神社に到着

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午後0時12分、展望台から見る景色よく晴れて遠くまで見えます。

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午後0時24分展望所のそばの空き地で昼食を摂る。

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水沢君が手作りの寿司、巻きずしを持参、皆ご相伴にあずかりました。

美味しかったよ。感謝、感謝

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また、位田君はきのこ入りのラーメン、中岡君はチキンラーメンを作ってくれました。

こちらも感謝、感謝

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午後0時57分、昼食を食べ終わり下山開始 、先ほど綺麗に見えていたのに、雪が舞ってきて視界が悪くなりました。気温はあまり上がらず、3から5度くらいかな。

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展望所からはモクレンの小径を降ることにしました。モクレンは新芽を

沢山つけていました。

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午後1時8分、下山途中に珍しいラクウショウという樹木がありました。

地中から奇妙な形をした気孔を出しています。

 

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午後1時22分、旧登山道をおりてきました。

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朝この山を登る時に、分岐した箇所に戻ってきました。ここでコーヒーと

ケーキで小休止タイム

 

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午後1時24分、道路脇の畔を利用してケーキを切り、ボンタンを切り、

コーヒーを沸かす。

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綺麗にケーキも切れました。

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すっかりくつろいでいます。

 

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午後2時29分、小休止して英気を養った我々は行しに素通りした酬恩庵一休寺

を訪問参拝することにしました。

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お天気も回復して陽だまりでくつろぐ一行。

 

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その後、午後4時過ぎに近鉄京田辺駅まで戻りました。約50分ほど

喫茶店に入って団欒のひとときを持ちました。

午後5時前には近鉄京田辺駅から電車に乗り、家路に着きました。

午後5時50分、鞍馬口駅で下車し、出雲路橋を渡ると正面には比叡山が少し雪を

被ってそびえていました。

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出雲路橋から見る北山は雪模様。

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午後6時過ぎに家に着きました。

本日の歩数は21500歩で16キロほどでした。

 文責 三輪

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大比叡(848m)登山(H25.1.19)

今月の9日に仲間に下記のようなメールが来ました。

3711テントウムシの会メンバー各位 本年も楽しく事故なく良い山行きが出来ることを願っています 月例の山行きのご案内です 19日(土曜日)は大比叡(848.3m)を目指します 集合場所時間は叡山電鉄修学院駅改札出口8時30分です~音羽川沿い雲母(きらら)橋~雲母坂~水飲対陣跡(梅谷分岐~若干積雪があると思います)千種忠顕碑~ロープウエイ比叡~比叡山頂~四明岳(838m)~大比叡(848.3m)~無動寺~弁財天~ケーブル比叡~千種忠顕碑~水飲対陣跡~梅谷~赤山神社(赤山禅院)~修学院駅=解散 地形図;1/25000「京都東北部、大原」 持物;(親しみのある山ですが冬山には変わりありません 冬山の備えを十分にしてください)弁当、飲み物、軽アイゼン、スパッツ、ストック、帽子、ウインドヤッケ、ヘッドランプ、手袋、防寒着、雨具 参加不参加の連絡は17日(木)迄にお願いします 中岡保弼

 これに参加を表明したのは次の方々でした。

  生田、位田、児玉、中岡、中山、増戸、水沢、三好、三輪の9名。

 ところが、前日になって体調不良などで児玉、生田の両名が不参加となりました。

 当日は寒くて氷点下の朝ではありましたが、お天気は良くて絶好の登山日和となりました。

午前7時30分に下鴨の家をでました。家からは約3キロぐらいなので歩いて集合場所に向かうことにしました。糺の森バス停の横を抜けて下鴨神社の参道を横断し、泉川の石橋を渡り、下鴨中学校の正門前を通って高野川にかかる蓼倉橋を渡って川沿いを北上、北大路通りに架かる高野橋をを渡ると左京郵便局があります。その前を通り大原街道を北上、赤の宮神社前を通過すると向うに比叡山が見えてきました。今日はこの山頂まで登ります。

  

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集合場所の叡山電鉄修学院駅には8時10分頃に到着しました。ここまで約6000歩。

午前8時30分になると全員7名が揃いました。

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定刻午前8時30分修学院駅前を出発し、音羽川にきました。

音羽川には氷が張っています。

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道端の畑には一面に霜が降りていました。

 

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午前8時50分 しばらく音羽川沿いに歩いていくと左側に修学院離宮が見えてきました。

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音羽川砂防の歴史について

 音羽川には、京都市域、特に修学院地区の人々の生命、財産を土砂災害から守るため、早い時期から砂防事業が行われてきました。しかし、昭和に入ってからも9年、10年、13年、24年、35年、42年、47年に災害が発生しており、昭和47年災害では、不幸な事に一人の人命が失われています。

 ではここで、音羽川の砂防の歴史をふりかえりながら、当時どのような施設がつくられてきたかを見てみましょう。

 昭和9年9月21日の第1室戸台風は、強風を伴う風台風であったため、京都地方の山地部の樹木の幹折れ、倒木被害は大きかったようです。このため、翌年昭和10年6月28日~29日の集中豪雨により音羽川をはじめとした高野川、鴨川水系の被害は激甚でした。このときの土砂対策として昭和13年に石積み堰堤が3基(高さ8mのものが2基、10mのものが1基)作られています。さらに、土砂に流出が続いたため、昭和15年に石積堰堤(高さ6m)が1基追加で作られました。

 その後、しばらくは土砂移動が安定したようで、砂防施設は作られていません。その次に砂防施設が作られたのは昭和43年であり高さ12mのコンクリート堰堤が作られました。この堰堤は、昭和49年~52年に作られたコンクリート堰堤の下にかくれていて、今は見ることができません。つづく昭和44年、沈砂池の第1期工事が行われています。このあと昭和47年9月16日の台風20号による暴風雨により比叡山地や山麓の風化の進んだ花崗岩地域に多くの崩壊が発生し、崩れた土砂は土石流となって修学院地区を襲いました。このため、死者1名、全半壊家屋7戸、床上浸水155戸、床下浸水277戸という大災害をおこしました。今皆さんが目にする砂防施設のほとんどは、この災害以後に作られたり、修繕されたものばかりです。昭和47年に高さ13mのコンクリート堰堤(昭和49~52年に作られたコンクリート堰堤のすぐ下流)、昭和48年に高さ11.5mのコンクリート堰堤(昭和13年に作られた石積堰堤を副堤として利用したもの)、同じく昭和48年には、長さ370mの流路工、昭和49年には沈砂池の第2工事が行われ、7mのコンクリートの嵩上げがされました。つづく昭和49~52年には昭和43年に作られた高さ12mのコンクリート堰堤の嵩上げが行われ、高さは22.5mとなり、音羽川では一番大きな施設となっています。そして一番新しく作られたのは昭和53~54年の高さ8.5mのコンクリート堰堤(沈砂池のすぐ上流)です。これら多くの砂防施設が、上流から流出してくる土砂を止めることで、修学院地区を土砂災害から守っているのです。今日、人口の増加とそれに伴う宅地の山麓部への接近が土砂災害の危険性をますます高めています。こうした状況の中で、砂防の果たすべき役割はますます重要になるでしょう。さらに、上流部には、治山施設のダム工事が多数あり、砂防施設といっしょになって下流部を土砂災害から守っています。

 京都府京都土木事務所設置の看板より

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まもなく雲母坂と雲母橋にさしかかりました。

 雲母坂は平安時代より比叡山と都を結ぶ主要路として賑わい、都からの勅使が通ったことから勅使坂とも呼ばれました。また、法然、親鸞らの名僧をはじめ多くの人たちもこの坂を行き来しました。

 比叡山の山法師が日吉神社の神輿を担いで都に強訴に押し掛けたのもこの道とされ、南北朝の戦乱ではこの坂が戦場となり多くの将兵の血に染まりました。

 雲母坂の名は付近の花崗岩に含まれる雲母のきらきらした輝きからこう呼ばれたとも言われています。

 京都府では昭和47年9月の台風20号による音羽川の水害を契機に砂防ダムを整備し、平成4年度から砂防学習ゾーンとして環境整備しました。そして雲母坂の上り口にこの橋を設置するにあたり、雲母坂の名前にちなんで「雲母橋」と名付けました。

      平成12年10月 京都府京都土木事務所の立て看板より

午前8時58分 雲母橋(きららはし)にやってきました。

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ここからはいよいよ本格的に比叡山の麓に入ります。修学院離宮の裏側を通るこの道は両側が深くえぐれております。

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修学院離宮の裏側までくると積雪が徐々に深くなってきました。

午前9時40分

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午前9時50分 水飲対陣跡(梅谷分岐~若干積雪)に到着

ここで小休止しました。

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午前10時14分出発 雪道の中、音羽川上流を目指します。

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午前10時25分、音羽川を渡渉して更に上へ登ります。

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午前10時30分、石の鳥居前に続く、広い林道に出ました。ここで小休止遅れた増戸君を待つ。

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 足の調子が思わしくなく、遅れがちだった増戸君は上に上がることを断念、

ここからは1人で別れて北白川の方面へ降りることに。水沢君が用意してきてくれた

鯖寿司を増戸君に少し分けます。

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 小休止した残り6人の我々は少し広い林道を歩いてさらに上を目指します。

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目指す大比叡の山頂はまだまだ遠く先に見えています。

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 午前11時02分、雪道を元気に歩く仲間たち

 

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この辺りにくると音羽川は川幅も広くなります。川岸に植えられた幼木は鹿たちに齧られないように防護網が架けられて並んでいます。

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音羽川は比叡の山の中に入ると沢山支流があり、大雨が降るとこれらの

谷から濁流が押し寄せてくるので、修学院辺りになると溢れることになるのが、

よくわかりました。

 

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午前11時17分、小さな祠前を通過、このあたりまで来ると雪も大分深くなり10cm以上の積雪。

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林道はドライブウェイの下のトンネルをくぐっていきます。

午前11時33分 京都市左京区から滋賀県側に入ります。

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また石の鳥居がありました。しばらく行くと今度は大きな岩の壁の横を通過

寒いので 「つらら」が下がっています。

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午後0時20分、このあたりの積雪は20cm近い 

 

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午後0時25分、昼食予定の弁財天に到着しました。

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 めいめいが用意してきた昼食を食べ、また水沢君が作ってきてくれた鯖寿司とキムチ

を賞味いたし、また中岡君が作ってくれたチキンラーメンに舌鼓を打ちました。

 

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昼食の場を借りたこの弁財天は凄い崖の上に足場のコンクリートを打ち込み

建てられています。

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 午後1時15分、昼食を終えた我々は出発無動寺に向かいました。ここは

琵琶湖が一望に見えます。 足元は雪が凍っていて滑りやすく注意しながらの

歩行です。雪でつくったウサギ?が歓迎

 

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 雪はだんだん深くなってきています。

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 午後1時35分 比叡山ケーブル延暦寺駅にきました。

ここからは遠く伊吹山や白山がみえるそうです。

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 ここで足の調子がもうひとつ思わしくない中岡君と滋賀県からやってきている

水沢君の二人がケーブルで下山することになりました。

残った4人は大比叡の三角点(848m)を目指します。
午後1時45分ここからドライブウェイを横切り山頂へ直登することになりました。

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この辺で標高700m

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ふたたび山道に入り大比叡へ直登

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午後2時33分、大比叡山頂(1等三角点848m)に4人は到達しました。

この辺りは積雪50cm近くありました。

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午後2時35分下山開始

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横高山、水井山が下に見えています。

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午後2時46分 がーデン・ミュージアム比叡は休館

 

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京都側に戻ってくると向うに北山や下には大原、岩倉、静原方面が見えています。

また蛇ヶ池の元スキー場あとも雪で覆われてはいますが誰もいません。

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午後3時15分、比叡山ケーブルカーの山頂駅で軒下を借りて小休止

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千種忠顕碑を見ることにしました。

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ここまで降りてくると雪はほとんどありません。

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午後4時22分梅谷林道に合流しました。

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梅谷林道登り口に下山しました。

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午後4時40分、振り返ると比叡山が遠くに見えていました。

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 今日は途中で増戸、中岡、水沢の3名が下山しましたので、残念ながら

中岡君のコーヒーが飲めず、また市君も不参加でしたのでケーキも

無く、寂しい思いをした我々最後まで歩き通した4人(位田、中山、三好

そして三輪)は最後にコーヒータイムを持とうということになり、修学院駅の

近くであちらこちらと探し回り、2つは営業時間終了(午後5時)ということで、

断られましたが、やっと1軒のコーヒー屋を見つけ、近くに住む永根さんを

呼び出し5人で暫しの団欒のひとときを持ちました。午後6時近くに解散。

それぞれ家路に着きました。

 文責 三輪

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2013大文字山初登山(H25.1.4)

1月4日朝今年の冬初めて家の周りにも約1cmの積雪を観測しました。

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 下記のようなメールが年末、仲間にきました。

3711テントウムシの会メンバー各位  新春恒例「大文字山」466.0mから「如意ヶ岳」472mの初登りご案内 日時1月4日(金)集合場所・時間 出町柳叡電改札口前の歩道付近10時 但し何時も通り時間が来れば集まったメンバーで 出発しますので 時間に遅れた場合には後を追いかけてください その時にはメンバーと思しき人まで携帯でを付けてください コースは銀閣寺より登りますが(大文字山)~(如意ヶ岳)~「状況により(鹿ケ谷)・(日向宮)・(山科)の何れかに下山となります」 地形図;1/25000「京都東北部・京都東南部」 持物;一応冬山登山です暖かい服装で) 飲み物、弁当、帽子、手袋、ウインドヤッケ、雨具、スパッツ、軽アイゼン、ストック、ヘッドランプ 参加不参加のお返事は不要です 尚、本年も後僅かとなりましたが 皆様におかれましては お風邪や最近流行っているノロウイルスなど ややこしい病気にお気をつけられ 健やかな良いお年をお迎えになりますように そして来年も元気で楽しい山行きが出来ますように祈念申し上げます   中岡保弼

 これに答えて大文字山(466m)から如意ヶ岳(472m)のコースに参加した仲間は次の通り 生田、市、位田、中岡、中山、増戸、水沢、三輪と児玉、三好の10名。

今日は家に帰りつくまでに22000歩で約15kmほど歩きました。

 午前10時に出町柳叡電改札口前集まった9名は定刻通り出発。

あと途中から児玉さんが合流。

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 出町柳駅前商店街を抜けて百万辺まで来て、今出川通りを東進しました。

京大農学部前を通り、山中越えへの分岐点までくると遠くに大文字山が見えてきました。

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今朝の大文字山はなぜか薄すらとほこり(?)を被っています。(これは誰かさんの発言)

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 我々はそこをまず目指します。

 しばらく歩くと銀閣寺へ行く道の途中に哲学の道にさしかかりました。ここは桜のシーズンになると大勢の人がそぞろ歩きにやってきます。

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 途中トイレで小休止

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ここで水沢君がリュックが重たいと言い出しました。聞いてみると今日は皆に「キムチ」を

つけたものを持ってきているとのこと。ここで皆にそれを分けて、彼の負担を軽くすることにしました。いつも心のこもったお土産をありがとう。感謝、感謝!

ここから先は哲学の道から離れて銀閣寺参道前の商店街の中を通ります。

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銀閣寺への入り口を通過

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 八神社の前を通り右に曲がるとここからは大文字山登山口となります。

薄すらと積もった雪を踏みしめながら林道を登ると橋が架かっています。

ここから先は険しい山道となります。

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Dsc04730_3大文字の真下にある千人塚にきました。ここで小休止

Dsc04731ここからは大の字の左側の道を登るグループと迂回して階段を登るグループの二つに別れて登ることにしました。

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大の中心で二つに別れたグループは合流しました。大の中心から見る京都市内は小雪(京都のごみ)が舞っていてかすんでいます。

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 大の字の中心にある祠で小休止した我々はさらに上を目指して登ります途中5つほどあるアップダウンを繰り返すと山道の脇に大きな岩が見えてきました。三角点はもう少しです。

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三角点に到着しました。ここで昼食を取ることにしました。  

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 シートを広げてメイメイが持参した弁当をひろげて昼食団欒のひととき

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  食事の後は例によってコーヒーとケーキのタイム

 いつも用意してくれる中岡君と市君に感謝!感謝!

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 今日は時折雪がやむと遠く大阪梅田のビル群や難波方面までみることができます。

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 平安神宮の大鳥居

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 京都タワーホテル

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 大文字山の三角点のそばにはひし形の菱形基線側点(No.29)もあります

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 全員写真

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 食事を取ったあと、さらに先へ如意ヶ岳を目指して進みます。

 途中の神社に参拝

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少し雪も深くなってきて滑りやすくなってきました。

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廃村八丁と品谷山(H24.12.6)

平成24年12月6日(金)廃村八丁、品谷山に登ってきました。

 今回は市君が企画されたコースで初冬の廃村八丁と品谷山を登ることでした。

  この呼びかけに参加したのは市、位田、中岡、中山、三輪の5名

  当日は未明に近畿地方を爆弾低気圧が通過し、雷とざーという音と共に雨が降り出し

驚きましたが、明け方には天候も回復しました。

 午前6時50分頃、中岡君が車で自宅に迎えに来てくれました。午前7時10分頃に上賀茂

のタナカコーヒー前であとの3人と合流し、鞍馬街道を北上しました。途中市原のコンビニ

で食料を調達しました。鞍馬から花背峠を越えて、別所、大布施を通過し、交流の森でトイ

レ休憩を入れて小休止。

  広河原を抜けて佐々里峠を目指しました。

 午前8時20分過ぎに佐々里峠に到着しました。ここはうっすらと雪化粧。

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 登山の準備をして午前8時30分に山道に入りました。

  途中道端にナメコの群生を発見しましたが、採集は帰りにしようということにしました。

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  午前9時13分、ダンノ峠分岐点に到着、寒い北風が強く吹いて寒い。

 

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午前9時30分 無名のP866m

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はるか遠くに愛宕山らしき山が見えました。

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 しばらく寒風吹きすさぶ中を歩いているとこの前に降った残雪と今朝の低気圧通過時に

積もったと思われる雪が登山道に現れてきました。我々は雪を踏みしめて登って行きまし

た。

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雪の上を歩くのは今冬初めての経験です。

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午前9時55分品谷山の山頂(880.7m)に着きました。予定では佐々里峠の出発地点から約90分で午前10時頃到着することになっていました。

 

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この三角点は二等の表示がありました。

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品谷山二等三角点の前で記念写真

しばらく小休止を入れたあと次の目的地に向かいました。

アップダウンを2回ほど繰り返し、なめこを探して採集しながら品谷峠へ

Dsc04664午前10時25分に品谷峠に着きました。

 

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品谷峠からは廃村八丁へとスモモ谷を降りました。

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足元には残雪

 

Dsc04667植林地帯を通過しましたが、この中は光があまり入らないので薄暗い。

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 一方、落葉した後の林は明るい。下は落ち葉でいっぱい。

Dsc04669谷底を歩くコースなので何度か小川を渡らなければなりません。

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午前11時20分廃村八丁に到着しました。

廃村八丁の歴史

 明治11年9月最終的に上弓削村と佐々里村との境界が決定するまで実に600年くらい争いの歴史であった1682年公儀の御留山として立入りが禁じられた。元禄14年(1701年)周山村吉太夫の請負山となり上弓削村から3名と広河原村から2名が炭焼を職とし、1町5反3畝の新畑を開き住居、1743年上弓削村の請負山となり、5戸の者も上弓削村の山番として定住してきたが、明治維新になって佐々里村から八丁山払下げ願いが出され、これを聞いた上弓削村も直ちに払下げを嘆願した。山番5戸を味方にした上弓削村領と決め、和済が成立した。

 明治33年には博習校の分校も設けられ8人の児童に先生1人が教鞭をとった。昭和8年の冬、大雪に遭って食料が欠乏し病人が出ても医者の便もなく、さんざんな目にあった所から村をあげて山をあとに平地にさがり、昭和11年に廃村となった。

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我々一行5名はここで昼食を採ることにしまいた。廃村八丁の残った山小屋の前の広場での昼食タイム

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我々が持参した弁当のほかに中岡君と位田君がラーメンとワンタンメンを作ってくれました。一同大変美味しく戴くことができました。

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Dsc04676 食後は中山君が用意してくれたコーヒーと市君のケーキでくつろぎのひととき。

午後0時25分頃まで昼食休憩を取ったあと、我々は廃村八丁をあとにしました。

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午後0時30分刑部谷を遡上して刑部滝へ

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沢歩きのため、何回も川を渡渉しなければなりません。

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この辺りは崖が多く切り立っており地面が隆起したり、断層となっている所が見受けられます。

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Dsc04684午後1時7分、刑部滝が見えてきました。

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午後1時10分頃から刑部滝の上に出る迂回ルートを急登攀することになりました。

これが誠に急な斜面でロープにつかまりながら登らないといけない上級コース。

それでも15分ほどかけて全員がこのコースをクリアしてなだらかな尾根道に辿り着くことができました。

午後1時25分、ここはしゃくなげの群生地で5月上旬には見事な花が咲くなと思いながらダンノ峠を目指して歩きました。

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午後1時35分ダンノ峠道と四郎五郎峠道への分岐点に到着。

 

Dsc04688午後1時37分、同志社大学の山小屋前を通過

Dsc04689見事な猿の腰掛です、

 

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午後1時44分ダンノ峠への道を登ります。

 

Dsc04692午後2時頃にダンノ峠に到着

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ここからは朝通過した品谷山へのルートの途中にある分岐点を目指します。ルートの右側に鹿避けネットが張りマグされており、これに沿って登ったり降ったりを繰り返しながら分岐点を目指しました。

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午後2時30分

Dsc04696午後2時35分、

朝通った品谷山への分岐点に戻ってきました。

Dsc04697日も大分傾いてきています。

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午後2時41分

この日に参加した全員の記念写真よく頑張りました。

Dsc04701午後3時、朝見つけておいたなめこの群生を探して、収穫しながら下山を急ぐ。

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午後3時15分この前を通過

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Dsc04705午後3時18分

夕暮れ迫る佐々里峠の室堂の中でこの日収穫したなめこの山分け作業をしました。

午後3時30分過ぎには佐々里峠を出発、家路に着きました。

 このナメコはみそ汁やオロシ大根で食べましたが誠に美味でした。

 文責 三輪

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