旅行・地域

ライン河写真紀行2の1. ハイデルベルグ

11月30日(土)

    曇り時々晴れ 最高気温2℃
ハイデルベルグ城、
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ライン河写真紀行1. ストラスブール

厳寒とクリスマスマーケット花盛りのライン河紀行!

ストラスブール、ノートルダム寺院 
                          11月30日(金)曇り 最高気温4℃

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「天晴れ会」11月例会、横浜散歩!!!

今月は19日(火)に”横浜散歩”を楽しんできました。

JR根岸線「根岸駅」に集合、だが当日京浜東北線の大森駅近くで人身事故発生、千葉・埼玉・東京からの線、何れでも大きく遅延したが、携帯のおかげで連絡もスムースにいって30分ほどの遅れで全員集合、よかったよかった!!!

今回は6名の参加、いつものように集合写真を撮って先ず「三渓園」を目指す。

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ほとんど全員が根岸駅に降り立ったことが無い、石油コンビナートが海岸に沿って並ぶ。

反対側は崖が続く、関東平野の真ん中からきた私にはなんとも馴染みのない景色であった。

30分ほど歩くと「三渓園」の南門に到着。

パンフレットによると”国指定名勝”で、ここは明治時代末から大正時代にかけて製糸・生糸貿易で財を成した、横浜の実業家・原三渓氏が造り上げた、広さ53000坪の日本庭園ということです。明治39年に一般に公開された外苑と私邸としていた内苑の二つからなり、京都や鎌倉などから集められた17棟の歴史的建造物と四季折々の自然が調和した景観が見所になっている。

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山門・三重塔・庵・仏殿・寺の本堂・御門・寿塔覆堂・月華殿・茶室など、重要文化財

10棟を数えている。

その多くが京都や鎌倉のお寺から移築されていることに驚嘆、西芳寺・大徳寺・伏見城・二条城・燈明寺・法華寺・建長寺・東慶寺などなど、よくぞここまでと言う思いと、だからこそ今まで残っているのだという感覚、皆さんは如何に感じられたでしょうか?

さて次に向かったのは、そうですもうお昼です。

いつものように全員で入って席が確保できるところは「ファミレス」です。

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お腹もふくれてもうひとがんばり、次に向かったのは「港の見える丘」です。

おじさん6人組でも、ロマンチックな場所に入ることは可能かな?

天気が大変良かったので眺めが素晴らしく、ティータイム持ちよりのお菓子を広げて小休止、次には「外人墓地」に寄った、別に親戚のお墓があるわけではないが、何となく?

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良い時間になってきたのでここから「中華街」に向かい、おのぼりさんよろしく冷やかしながら町並みを愉しむ。

最後の締めはカフェでのティータイム、いつものようにワイワイガヤガヤ・・・。

最後に忘年会の話などしてお開きになり、みなとみらい線「中華街駅」からそれぞれの塒に帰っていきました。

武蔵国・素浪人記す。

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「天晴れ会10月例会」

10月30日「北の鎌倉」と言われる、手賀沼を逍遥してきました。

少し暑く感じられるような、素晴らしい天候のなか、JR常磐線「我孫子駅」に集合したのは「9人の少しくたびれた侍たち」、いつものように写真を載せます。

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大正から昭和初めにかけて、手賀沼のほとりに花開いた別荘空間であったところから「北の鎌倉」と言われて、白樺派の文人たちを中心に多くの文化人たちが集まったと言うことです。

志賀直哉、武者小路実篤、嘉納治五郎、柳宋悦、中勘助、村川堅固、杉村楚人冠、などが別荘を造りサロンをかたち創っていたようです。

今日はそのような、文化の薫り高い天晴れ会になりました。

歩き始めるといつもの通り、三々五々気の向くまま、あっちへフラリこっちへフラリ、初めに手賀沼の湖畔の公園へこの町はとにかく公園が沢山あって至るところのベンチが並べられている。

これなら水筒とおやつを手に、文庫本でも持って一日中日向ぼっこをしながら過ごすことが最高の町だ!!!

特に暇な高齢者にとっては、実に住み易そうである。

特に水辺の風景は、心休まる景色であった。

手賀沼を一周すると約20キロ、自転車で走ればゆっくり走っても2時間ほど、景色を眺めながらの運動は気持ち良さそうである。

さて次に向かったのは「嘉納治五郎別荘跡」「志賀直哉邸跡」など、そして「旧村川別荘」へ行くと、ボランティアの説明してくれると言うことで、お願いする。

ここには「母屋」と「新館」が残されていて素晴らしい。

一見の価値ありと言えます、新館の中にある「三本足の椅子」はイギリス人「バーナード・リーチ」がデザインしたもので、一見の価値あり。

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また建物に使われている材が、今では手に入らない素晴らしさと感じました。

そろそろ昼が近づいてきたので、いつものように嗅覚の発達したメンバーが匂いを嗅いで、ファミレスに入る。

9人纏まって座ることが出来、ほっと一息をつく。

70歳のジジイ9人は、とにかく人目に付くでも気にしない。

昼食後は「鳥の博物館」を見学、70歳以上は無料それ以外は300円。

無料組と300円組に分かれるが、止むを得ない恐らく以前は65歳以上だったのだろうが、増えすぎたとしか考えられない。

ここは大変楽しい施設であった、鳥の骨格標本があってまるで恐竜の骨格そっくり、それ以外も実に充実していて、見応えがあった。

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皆さんにもお勧めですよ!!!

この次には「水の館」を見学、ここから「歩き本番」手賀沼の東半分を歩き始めると、いつの間にか5人になっていた。

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残りは反省会の場所へ先回りして、お休みになっていた様子、我ら歩き組みは二時間に後合流。

反省会の場所は日帰り温泉、4時半頃に到着し早速風呂に入って休息、「チョー キモチイイ」その後食事処で乾杯、あとはいつも話し、はっきり言えばどうでもいい話、6時過ぎにバスに乗って我孫子駅の戻って、一都三県田舎の巣にへ戻っていったとさ・・・

武蔵野国素浪人  宇田

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「おじさんの夏休み」

またまた「青春18きっぷ」を使い、静岡辺りを彷徨ってきました。

静岡と言えば「駿府」、となれば「久能山東照宮」でしょう!

名前はどなたも良くご存知でしょうが、行った人はと言うと意外に少ないのではないでしょうか?

私もその1人でした、以前から行って見たいとは思っていましたが、ここだけしかあまり見るところが無いように思っていました。

今になって時間だけはふんだんに有る、お金は小遣い銭くらい?

青春18きっぷで行けば、我が家から往復一日フルに乗って2300円。

将に「高齢者70きっぷ」最高!!!

「久能山東照宮」は、小さな山のてっぺんに築かれていますので、車ではいけません。

日本平からロープウエイに乗るか、久能山下という太平洋岸から、1159段の階段を歩いて登るかしか行くことが出来ません。

当然私は1159段の階段から、歩いて登って来ました。

途中素晴らしい太平洋の眺めを愛でながら、20分ほどの階段歩きでした。

この神社は「徳川家康公」の廟所であり、煌びやかな装飾が輝く「国宝」「重要文化財」が多く残されています。

後は写真で行った気持ちになっていただければ、良いかな?

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ついでに言えば、今年は「青春18きっぷ」でもう一箇所行ってきました。

我が家から高崎線で高崎へ、そして信越線で横川へ行き、軽井沢・小諸から、小海線で清里へ、その後小淵沢から甲府を経由して、夜10時過ぎに無事我が家に到着したと言う次第です。

そういうわけで、今年の夏休みは「しまなみ街道輪行」「小海線の旅」「久能山東照宮」という、三ヶ所めぐりで締めくくることが出来ました。

健康に感謝・感謝・感謝、暑い今年の夏も無事過ごせることができました。

武蔵野国 素浪人。

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「しまなみ街道サイクリング」

”しまなみ街道サイクリング”

前から行ってみたいと思っていた「しまなみ街道」に、やっと巡りあえた!!!

7月29日夜「青春18切符」を握り締めて、東京駅に向かう。

23時10分発「ムーンライトながら」に乗る、最近のいつもの傾向通り、若者と高齢者が半分づつくらいだが、この電車は全席指定になっていて、今夜も満席だった。

これからJR四国予讃線今治市の波止浜駅まで、約18時間電車の旅の始まりです。

大垣駅午前5時51分到着、まずまず何とか浅いながらも眠ることが出来た。

大垣駅で乗り換え米原駅へ、ここで新快速姫路行きに乗り換え、途中で持参の「おにぎり2個」の朝食、姫路で乗り継いで岡山へ、ここから初めて乗る瀬戸大橋線の電車。

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瀬戸大橋は二重構造になっている、上が自動車道で下が瀬戸大橋線の電車の線路。

瀬戸内海は晴れ、朝の景色が眼にまぶしい何だかウキウキまるで小学生の遠足みたいだ!

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あっというまに四国に上陸、坂出のコンビナートが眼に入ってきた、ここからJR四国予讃線乗り換えて讃岐・伊予の国を走り出す。

ただただ窓に映る景色を楽しむ、いつまで経っても飽きることが無い。

2時頃になって残りの「おにぎり」で昼食とする。

午後5時前に「波止浜駅」到着、迎えの車で今夜の宿「サンライズ糸山」へ。

ここは「しまなみ街道」来島海峡大橋のたもとにある、サイクリングのための施設だ。

宿泊やレンタサイクルその他情報など、ここですべてまかなう事が出来て大変便利だ。

夕食を済ませて風呂に入ると、あとは寝るだけ明日に備えて9時には就寝。

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7月31日午前5時起床、熟睡の後の目覚めは”チョー キモチイイー”ちょっと古いか

窓を開けると薄曇り、朝日が来島海峡大橋と一緒に眼に入ってきた。

今日は幸先良さそうである、天気予報を見ると、今日の最高気温予想35度。

朝食を済ませて、レンタサイクルの試乗をして、8時半出発。

先ず目の前にある来島海峡大橋に行くためには、初めの関門きつい上り坂がある。

この橋は小さな島をつないで、第一・第二・第三と繋がっている。

渡ったところが「大島」この島は古くから村上水軍の本拠地であり、その博物館があったまた石文化伝承館などもあった。

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次の橋は「伯方・大島大橋」また橋の高さまで、高度差40メートルほどを大汗をかいて上る。

着いたのは「伯方島」、あれどこかで聞いたことがある名前だな、そうです「伯方の塩」。

ここで作られたのが、あの「伯方の塩」です。

この島は5キロほどで通過して、次の橋「大三島橋」を渡ります。

勿論この橋にも同じくらいの上りが待っています。

渡った島が「大三島」歴史と美術館の島と言って間違いはないでしょう。

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先ず初めに出会ったのが「村上三島記念館」です。

ここは書道家・村上三島氏の作品と日頃使っていた、硯・筆・落款・書籍など3800点が収蔵されているということでした。

全く素人の私が見ても、圧倒的な迫力で迫ってくる「書の世界」を堪能することが出来ました。

このあと峠を越えて島の反対側にある、日本総鎮守「大山祇神社」に参りました。

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この社は「伊予国一ノ宮」といわれ、源氏・平氏はじめ多くの武将が武具を奉納して武運長久を祈ったため、国宝・重要文化財の甲冑の4割がこの神社に集まっているそうである。

また樹齢2600年とも言われている「クスノキ」がある。

何れにしろこの瀬戸内の島になぜ?を思われるほど立派な社である。

午後2時半うっかりしてまだ昼飯を食べていない、海岸まで走るがほとんど店が無い。

何とか見つけた一軒、ここに入るしかしようがない、同じような感じの観光客が二組。

「海鮮丼」1200円を注文する、何とか及第点としよう。

あと三つほど博物館があるが、残念ながら今回は時間的に無理ということでパス。

「大山祇神社」参道にある、今日の宿旅館「茶梅」に午後3時半到着。

この宿は明治の初め頃創業したそうで、昔はさぞ賑ったことだろうと思わせる佇まいである。

「今は昔」この辺りの寂れようは、眼を覆うばかりという言葉そのまま。

現代日本の象徴のような町、と言うほか言葉を知らない。

今夜の宿泊客は3人、私のほかには、「パパと中学一年生の娘」この二人もサイクリングに来ていたのであるが、本当に仲のよう親子だった。

夕食の時間になって料理の旨さにビックリ、店の佇まいからあまり期待していなかっただけに、その落差が大変うれしい限りである。

「天然鯛の塩焼き」「むつの煮付け」「白身魚の刺身五点」「雉鍋」「鯛めし」「ゆずのシャーベット」まで、どれも大満足宿泊代11550円。

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刺身も煮付けも塩焼きも、絶品でした。

もう一度冬に行って食べたいなぁ・・・

人も同じ外見だけでは分からない、中身が大事改めて考え直しました。

8月1日今日も快晴、予想最高気温35度、旨い魚を食べたので頑張るぞう!!!

今日は初めから峠越え30分くらい続く、大汗をかいて何とか上りきる。

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P1040241まるで旧日本軍の兵隊さん、かな?

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次に渡る橋は「多々羅大橋」ここも橋に上るまでが一苦労、大汗をかいて橋について小休止。次の島は「生口島」途中に「耗三寺」という寺がある。

見ただけで気分が悪くなるような、金儲けとしか思えない、金ぴかというか、そうだ「香港」にあったタイガーバームガーデンの兄弟見たいな寺であった。

「平山郁夫美術館」もあるが今回は素通り(決して相続税の申告もれのためではないが)。

ここは素直にサイクリングを楽しむ、途中「梅干」と「ドリンク」で熱中症対策をしながら、一路次の橋「生口橋」に向かう。

ここの橋の上りも朝からの暑さからか、ヘバリ気味途中で下車して自転車を押す。

暑い・とにかく暑い、何とか橋まで上り走り出す、一気に気分爽快、次の島は「因島」この島には「因島水軍城」「厳島神社」「本因坊秀策記念館」などあるが、途中で道を間違ってしまい少し時間をロスしたので、残念ながら素通りして最後の橋「因島大橋」に向かう。

時間を計算してここは尾道へ直行することにする。

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尾道駅のすぐ前にある「渡船」に自転車と一緒に乗り込む110円なり。

10分程で到着ここで自転車を返却する。

ただいまの時間午後2時半、まだ昼食を食べていない、暑い最中店を探す元気は無い。

駅にあるカフェで「パン2つ」と「アイスコーヒー」ほっと一息をつく。

3時過ぎ尾道駅から在来線・新幹線を乗り継いで、自宅に午後9時半頃帰着。

念願の「しまなみ街道」サイクリングを無事終えて、本当に満足の夏休み(?)でありました。

3泊(車中泊含め)4日猛暑の中、熱中症などまったく知らず、元気に過ごすことができて満足・満足、さて次はどこへ行こうかな?

武蔵野国 素浪人 2013/8/7

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まつたけ復活させ隊400回記念開催(H25.8.2)

岩倉で3711会のメンバーが参加しているまつたけ復活させ隊の活動を報告します。

 以下代表の吉村文彦君のご挨拶

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 我々のKey Wordsは、まつたけ、まったけ、松茸、マツタケそしてTrocholoma matsutakeと里山である。放置里山山林の土壌は富栄養化し、マツタケどころかアカマツの生活も不可能な状態である。従ってマツタケのために、健康なアカマツ林を取り戻す作業に取り組んでいる。また、材生産オンリー林業から里山の立体的通年利用による山の活用を模索している。遅々として進まないが、葉わさびやモミジガサやコゴミなど山菜の林間栽培の可能性を探っている。

 

少しオーヴァーに言えば、私たちは、新しい林業観の創成を担うという気概をもってマツタケ山づくりに取り組んでいる。これが我々の基本的立場だ。

 

 この運動は、2005年6月16日にまつたけ十字軍運動として、近代的マツタケ学発祥の地ともいえる京都市左京区岩倉尼吹山近くの自称香川山(京都市左京区岩倉村松町138-20)で産声を上げた。

 

 岩手県岩泉町にあった岩泉まつたけ研究所の在任期間が終わりを迎えようとする2004年9月に、15年間のマツタケの生理生態的研究を【ここまで来た!まつたけ栽培】にまとめて(株)トロントから出版した。その16ページに“まつたけ十字軍”運動などによって、里山をめぐる新しいエネルギーを生む活動を提唱している。

 

 言い放しでは済まされない。早く取りかかりたい気持ちであったが、まずはフィールドがなくてはならない。活動を開始するにはそれなりの準備も必要だ。京都に戻ったのは2005年4月の終わりである。活動は、来年の春からと考えていた。ところが、京都新聞の女性記者Otさんに背中を強く押され、走りながら準備をすることになった。

 

 近畿一帯の山には、マツタケの発生する若い山が見つからない。とにかくアカマツ林抜きには、活動が成り立たない。幸いにも香川晴男さんから山を借りることができた(私たちが使用する水道代や電気代を出してくれている。感謝である。腎臓透析の身だがすこぶるお元気だ)。香川山は、住宅用に開発された跡地で、後背部斜面の林相は、近隣の人工ヒノキのエスケープ林が右斜面に、アカマツ林が左斜面に生育していた。マツタケ山づくりといっても松茸を食う会ではない。どのくらいの人たちが興味を持って下さるか分からない。そうこうするうちに開催初日を迎えることとなった。

 

 昨夜来の雨も集合時刻には止んだ。時には陽も差す蒸し暑い梅雨空であった。ともかく、フィールドワークで一番いやなことをまぬかれた。ラッキー!だ。新聞やラジオやテレビの紹介に応えてくれた市民28名がそこにいた。 

京都府立洛北高等学校の同窓生の皆さんや3711会の仲間たちも応援に来てくれた.本当にまぶしく見えた.

 

 市民のマツタケ山づくりが実際に始まったのである。日本で唯一、世界でも初めてである。林相ごとに作業法を決め、参加者が“林業”仕事に取りかかった。余分な木を伐り地掻きをする。大工仕事もした。物置小屋がいる。手作りした。伐った木で椅子や机をつくりもした。雨の日も雪の日も活動できるように、チェーンソーで板も引き、屋根もつくった。放棄林のバイオマス活用にと、野菜や果樹の栽培、米作り、薪の委託製造などなどと仲間の発案でなされるようになった。香川山整備が終わるころ、地元岩倉の玉城さんや澤田さんから山の提供があった。ありがたかった。好評の昼食づくりも始まった。煮炊き用の窯も有り合わせのものでつくった。ニホンジカ、ニホンザルやカラスなどの被害対策で畑には柵を設けた。山づくり作業も各班が自分で予定を組んで行うようになっていった。

 

陶芸班も生まれ、ニホンミツバチも飼育している。

この日も朝から夜遅くまでかかって我々が作った陶器の本焼きをしました。

1230℃から1250℃近くまで窯の温度は上がります。

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 山づくり作業班や食事当番などいろんな班が自然発生的に生まれ、素晴らしいティームワークで作業をこなすようになっていった。地域の大学との連携イヴェントもなされている。しかし、まつたけ十字軍運動というネイミングが問題になった。そこで、慣れ親しんだ事業名をまつたけ復活させ隊と変えた。これは朝日新聞の女性記者Nkさんの紹介記事のタイトルである。

 

 2010年には、この活動の経緯や良いところや面白いところ苦悩などと参加者の喜びの声をまとめて、【まつたけ復活させ隊の仲間たち】を高文研から出版した。この運動をのぞき見できる。一度御覧くださるようお願い上げます。

 

 よく質問を受ける。「ここまで来ると思っていましたか?」。正直言って、この質問の意味がよく分からない。必要ないものは淘汰されつぶれるものだと思っている。「必要がない運動といいたいのかい!」と聞きかえしたいくらいだ。

 

 里山が再生され維持できる体制、すなわち里山がものを生産・加工・販売できる場になれば、この日本から里山再生運動は必要なくなる。そのとき、この運動は褒め称えられて終わりとなるだろう。あるいは、今、里山林はっきりと進行中なのだが、その土地の極相林に変わりつつある。里山という生態がこの日本からなくなれば、これまた、この活動も不要となるだろう。そうならないよう努力せねばならないと考えている。

 

 2013年7月27日、活動は399回を通過した。番外活動もあるがそれを除いて、延べ参加者は16325人である。1回の参加者は41人、こりゃすごい! 今年の開催は29回で延べ888人、平均して31人である。このような活動実績を持つ森林ボランティア組織は、全国的にもまれだそうだ。

 

 しかし、この数字を見て素直に喜んでもいられないように思う。見学者とこの活動に自分の居場所をつくらなかった人たちを除くが、仲間にならなかった人たちがいることを示していると思えるからだ。できあがった素晴らしいティームワークにはじき飛ばされたのではないかと危惧したりもする。もちろん意識的確信的排除は、全くないことを承知しているが、時には、各作業班の美しい一体感が一人歩きし過ぎて、鼻につくこともある。この運動に、何か問題点がないかといつも検証するようにお願いしたい。

 

 参加すること作業することが楽しくなる今の形を維持しつつ、初心を忘れず慣れを排しおごることなく、共に500回を迎えたいものです。

 

 2013年8月2日

                              吉村 文彦

 本日参加した3711会の仲間は、榎本、岡阪、小林、三輪の4名。

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 お料理も自分たちで作ります。野菜は我々がベースキャンプで栽培した野菜

トマト、オクラ、きゅうり、なすび、スイカなどなど

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仲間が本日の400回記念に提供したお酒の数々

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400回記念ということでお肉(牛)のかたまりも串刺しにして焼き上げました。

これは本当に美味でした。

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 朝の7時30分から始めた陶器班の活動を始め、午前10時過ぎには35名ほどの仲間が集まり、400回記念イベントたのしみました。

 午後5時過ぎには約半分の仲間が帰り、残りのメンバーは夜遅くまで談笑しておりました。

 私は午後8時に岩倉のベースキャンプを後にして家路に着きました。

 文責 三輪

 

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下鴨で火事(H25.7.21)

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 今朝午前7時過ぎ、下鴨で火事が発生し、消防車が家の近くを走りました。

火元は家庭裁判所前の中華料理店で煙が立ち上っています。ビルの2階から、火がちらちらを見えていました。消防車数台が来て消化に当っていました。

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 下鴨本通りから御影橋へ行く交差点では消防車が道路の水道管より水を取りホースで現場へ送水していました。後ろは糺の森。

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 家の前から見ると葵橋方面に白い煙が立ち上っています。

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古代蓮の里!

今年も暑い暑い夏がやってきました!!!

皆さん元気ですか~、その暑さを吹っ飛ばしていただければ良いですね?

と思って昨年も掲載した、「古代蓮の里」へ行って来ました。

昨日朝5時過ぎにママチャリに乗って、30分少々走ると到着。

まだ5時半過ぎだというのに、人が溢れています。

この田舎町にどこから湧いてきたのか、兎に角高齢者パワーが炸裂という感じでした。

少し清々しい気持ちになってもらえたら、と願って写真を掲載します。

*写真の上でクリックして貰えれば大きな画面で楽しめます。

2013/7/14 武蔵野国 素浪人

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東京の公園散歩!!!

「天晴れ会」6月例会は、梅雨の季節を踏まえて、都内の公園歩きをしてきました。

都内には江戸時代の大名屋敷の址が多く残されており、都心のオアシスになっています。

大都市にも拘らず、緑の公園などが多いのはそのお陰といえそうです。

今回はその中で「旧古河庭園」「六義園」「小石川植物園」「護国寺」「白山神社」などを巡ってきました。

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「駒込駅」に集合して、先ず向かったのは「旧古河庭園」、ここはジョサイア・コンドル設計の洋風の建物と、バラ園が有名です。

コンドル氏は英国人で明治・大正時代に、「鹿鳴館」「ニコライ堂」「旧岩崎邸庭園洋館」などを手がけた、著名な建築家です。

この土地は明治の元勲・陸奥宗光の本邸だったが、その後古河家の所有になった。

特に「バラ園」が有名であるが、残念ながら盛りは過ぎていた。

なんだか我々みたいだな・・・、しかしながら、まだ健気に咲いている花もあり、しっかり写真に収めたので、皆さん慈しんでみてください。

ここの日本庭園も見事です。

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ここは京都の庭師・植治こと小川治兵衛の作庭で、これが都心であることを忘れさせてくれます。

入場の際は免許証を持参してください、65歳以上は70円です。

さて次に向かったのは」「六義園」です、ここは元禄15年(1702年)川越藩主・柳沢吉保が築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園です。

江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもので、明治時代に入って、三菱の創業者である岩崎弥太郎の別邸となりました、とパンフレットに書かれています。

昭和13年東京市に寄付され、今は国の特別名勝に指定されています。

皆さんに一度は是非とお勧めします。

都心の真ん中にあって、広大な庭園は深山幽谷の趣を醸しています。

桜・つつじ・アジサイ・萩・もみじなど四季折々の花が咲き、園内に多くある茶室は侘び寂びの雰囲気を醸しだしており、一日いても飽きないかも・・・

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さてここまで来たらお昼が近い、誰かは今朝の食事は5時頃に食べたので、「腹減った」と騒いでいる。

幹事はお昼は白山にある「東洋大学」と決めていたので、そこに向かってしっかり歩き出すが、梅雨の季節突然雨が降ってきた。

やむなく家の軒を借りて「雨宿り」、なんだかこんな歌があったなぁ、と考えつつ30分程で小降りになり。一目散に「東洋大学」に飛び込む。

ここには6ヵ所もの「学食」があるとのことである。

日経のランキングで、関東のトップということのようである。

とにかく綺麗で安い、お客さんの学生に来てもらうためには、なりふり構わずなんでもしましょう、てなカンジかな・・・

我々全員、食べているものは色々種類は違うが、すべて480円也。

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雨も止んだし腹もふくれたし、そろそろ出発。

この大学に隣接しているのが「白山神社」、ここも歴史の古い社であるが、特にアジサイの名所として知られている。

だがしかし、ここも残念ながら、少し盛りが過ぎている。

いや我々にはうってつけなのか、その中に珍しい色のアジサイを見つけた。

この赤い糸のようなアジサイ、ご存知の方は教えてください。

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さて次に向かったのは、「小石川植物園」です。

正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」です。

今日は植物専門の笹井さんが欠席なので、なんだかよく判らない者が7名もいるが、あまり積極的に動こうとはしない。

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適当に切り上げて次に向かう。

ここから次の「護国寺」に向かう途中に、筑波大学関係の学校があり、その先には「お茶の水女子大学」があるが、縁なき衆生はここを横目に見て先を急ぐ。

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「護国寺」には、三条実美公を初めとし、明治の元勲などの墓地が多くあります。

ここでお茶の小休止、各自持ち寄りのお菓子を出して、和やかな顔というより朝早かった誰かは、居眠りしているかも・・・

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さて最後は、今日の終着点「池袋」に向かって力を振り絞ります。

途中雨宿りなどもあって、駅到着は4時20分頃になり、これから一番大事な「反省会」です。

駅前の店に入ると、元気のよい声でお二階へどうぞ、席に着き後はお決まりのコース、サワー150円ウンこれで良いのか?

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これから6時過ぎまで、喉を嗄らして大声でしゃべり続けてぐったり、周りを見回すとよく似た親父ばかり喋り捲っているのだ・・・

最後にお勘定と言うと合計8300円です、1人じゃないよ6人全員でだよ!

6人で1時間半飲んで食べてだよ、「デフレ」万歳・・・

でもそればかりじゃ、これから先の日本はどうなるのじゃ???

武蔵野国 素浪人。

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