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「天晴れ会10月例会」

10月30日「北の鎌倉」と言われる、手賀沼を逍遥してきました。

少し暑く感じられるような、素晴らしい天候のなか、JR常磐線「我孫子駅」に集合したのは「9人の少しくたびれた侍たち」、いつものように写真を載せます。

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大正から昭和初めにかけて、手賀沼のほとりに花開いた別荘空間であったところから「北の鎌倉」と言われて、白樺派の文人たちを中心に多くの文化人たちが集まったと言うことです。

志賀直哉、武者小路実篤、嘉納治五郎、柳宋悦、中勘助、村川堅固、杉村楚人冠、などが別荘を造りサロンをかたち創っていたようです。

今日はそのような、文化の薫り高い天晴れ会になりました。

歩き始めるといつもの通り、三々五々気の向くまま、あっちへフラリこっちへフラリ、初めに手賀沼の湖畔の公園へこの町はとにかく公園が沢山あって至るところのベンチが並べられている。

これなら水筒とおやつを手に、文庫本でも持って一日中日向ぼっこをしながら過ごすことが最高の町だ!!!

特に暇な高齢者にとっては、実に住み易そうである。

特に水辺の風景は、心休まる景色であった。

手賀沼を一周すると約20キロ、自転車で走ればゆっくり走っても2時間ほど、景色を眺めながらの運動は気持ち良さそうである。

さて次に向かったのは「嘉納治五郎別荘跡」「志賀直哉邸跡」など、そして「旧村川別荘」へ行くと、ボランティアの説明してくれると言うことで、お願いする。

ここには「母屋」と「新館」が残されていて素晴らしい。

一見の価値ありと言えます、新館の中にある「三本足の椅子」はイギリス人「バーナード・リーチ」がデザインしたもので、一見の価値あり。

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また建物に使われている材が、今では手に入らない素晴らしさと感じました。

そろそろ昼が近づいてきたので、いつものように嗅覚の発達したメンバーが匂いを嗅いで、ファミレスに入る。

9人纏まって座ることが出来、ほっと一息をつく。

70歳のジジイ9人は、とにかく人目に付くでも気にしない。

昼食後は「鳥の博物館」を見学、70歳以上は無料それ以外は300円。

無料組と300円組に分かれるが、止むを得ない恐らく以前は65歳以上だったのだろうが、増えすぎたとしか考えられない。

ここは大変楽しい施設であった、鳥の骨格標本があってまるで恐竜の骨格そっくり、それ以外も実に充実していて、見応えがあった。

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皆さんにもお勧めですよ!!!

この次には「水の館」を見学、ここから「歩き本番」手賀沼の東半分を歩き始めると、いつの間にか5人になっていた。

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残りは反省会の場所へ先回りして、お休みになっていた様子、我ら歩き組みは二時間に後合流。

反省会の場所は日帰り温泉、4時半頃に到着し早速風呂に入って休息、「チョー キモチイイ」その後食事処で乾杯、あとはいつも話し、はっきり言えばどうでもいい話、6時過ぎにバスに乗って我孫子駅の戻って、一都三県田舎の巣にへ戻っていったとさ・・・

武蔵野国素浪人  宇田

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コメント

満天の湯:温泉好きにはいいお湯でした。源泉かけ流しで、最初は土色の濁り湯ですが、空気に触れと緑っぽく変色していました。
再訪する価値はありますね。モンシロチョウ

投稿: | 2013年11月 2日 (土) 20時46分

手賀沼を歩きながら、いつもながらの勝手な話を聞いていて、この仲間の集まりが、どんどん膨らんでくるのはなぜだろうとふと考えていました。
そこで気づいた事は、高校生の頃入っていたクラブです。
「園芸部」「囲碁部」「テニス部」「化学部」「美術部」「軽音楽部」「生物部」など、まったくバラバラこれだけ変化に富んでいることが、話は全くかみ合わなくて、そのことが長く続いてきた原因ではなかろうか?
これからもこの個性豊かな仲間と、別れの日まで徘徊を続けて行きたいものです。

投稿: uda | 2013年11月 2日 (土) 21時30分

我孫子駅10時に集合したときは「北の鎌倉という事前情報の意味が分らない」と言っている人がいたくらい、常磐線の駅名としか認識が無かったが、関東平野にこんな景勝地があったのかと認識を新たにしました。ここに住まいするJY氏はさすがの文化人。案内ありがとうございました。

投稿: 虚無僧 | 2013年11月 2日 (土) 21時43分

この地の良さを認識せずに暮らしすでに36年!
将門に始まり水戸街道我孫子宿として栄え、別荘地北の鎌倉云々とは知っておりましたが、
これまでは気まぐれに手賀沼を歩き通すか、自転車を駆るぐらい、、、


手賀沼のおおよそ1周20キロは江戸時代からの干拓でその大半を失い、
東西に10キロとやせ細った姿です。我孫子と柏の市境にもなっています。
それでも昭和30年頃までは底の見える清沼で、手賀沼のうなぎは江戸ではかなりの上物でした!
しかし高度成長で急開発の柏市で下水道が間に合わず一瞬にして汚濁日本一に、、、

いつからか浄化のために利根川水を、近い東端から沼南側を直径3m以上の管で導き西端から放水し、もとの利根川に流し込んでいます・・坂東太郎もビックリ、、、
これで一時より良くはなりましたが、、、


我孫子側はもとより遊歩道でしたが、南側はこの導管埋設の上を今は十二分な広さのサイクリング、遊歩、ランニングと快適な専用道路となっています。
一周を利用してのハーフマラソン、トライアスロンも開催・・あの水で泳ぐかぁ、、、
我孫子側でも毎年日本バードフェスティバル(今年は11月2,3日)も開催され、その趣旨から我らが紋白蝶さんも専用ブースで活躍されておられます。


さて沼の中央に位置する橋が見えます(我孫子水の館からの写真)、橋の対岸がゴールの温泉です。
沼の東半分、ここから見えない左端の橋を渡ってグルッと10キロ、満天の湯に辿り着く予定でした。
しかしすぐにこの400m余りの橋を渡って余りにもショートカットしたフトドキものがおりました!
徒歩組が2時間半後到着した時、ナントまだ彼らは脱衣所でスッポンポン、ゆでダコか?


「逍遥」にどうぞご来訪ください。

投稿: J.Y. | 2013年11月 4日 (月) 12時57分

「我孫子は北の鎌倉と言われている!」と吉田君から聞かされた時、また「すぐバレる悪い冗談を!」と軽く考えていましたが、ソクラテスと同様、全く自分の無知を思い知らされました。(?のひとは、「ソクラテスの無知の知」を調べて下さい。)
過去に住んでいた文化人たちの多さと、それを誇りに思い、ボランティアで施設を清掃し、観光客をガイドする現代の地元の人たち、本当につくづく関心致しました。
思いもかけず教養を身につけた後、私を含めた知識人たちは、考えた末、早めにスーパー銭湯「満天の湯」に行き、体育会系の皆を待つことにしました。
で、湯上がり後の反省会は、いつもの通り「反省なし」で終わりました。

投稿: 倉知 | 2013年11月 5日 (火) 10時09分

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